『いづもや』は、1876年(明治9年)の創業。
当時は、出雲の天然うなぎを大阪へ直送していたので、屋号を『いづもや』としたという。

うなぎは万葉の昔から、栄養価が高く、貴重なものとして扱われていた鰻を〈十銭まむし〉として大衆に広めたのが『いづもや』の功績だと聞く。

『ちくま日本文学035 織田作之助』筑摩文庫版カバー 『いづもや』のイラストが描かれている

織田作之助の代表作『夫婦善哉』には、『いずもや』を描写する場面が出てくるので、引用する。

 新世界に二軒、千日前に一軒、道頓堀に中座の向いと、相合橋東詰にそれぞれ一軒ずつある都合五軒の出雲屋の中でまむしのうまいのは相合橋東詰の奴や、ご飯にたっぷりしみこませただしの味が「なんしょ、酒しょが良う利いとおる」のをフーフー口とがらせて食べ、仲良く腹がふくれてから、法善寺の「花月」へ春団治の落語を聴きに行くと、ゲラゲラ笑い合って、握り合ってる手が汗をかいたりした。

織田作之助が『夫婦善哉』を執筆した1940年(昭和15年)頃、南には5軒の『いずもや』があったことがわかる。
2008年3月を以て閉店した『千日前 いづもや』を最後に『夫婦善哉』に登場する『いずもや』は、今はもうない。

現在、この系譜を引き継ぐのは、2009年8月に長年『千日前 いづもや』で働いていた方が店を構えた『いずもや 船場』である。

この日は、夕方から朝日放送系「雨上がりの「Aさんの話」~事情通に聞きました!」収録のために三十数年ぶりに大阪へやって来た。
午前中で本業をお仕舞いにして、新幹線に乗ると大坂に着いたのは15時過ぎ。
ほとんどの鰻専門店は、中休みの時間帯だが、『いずもや 船場』さんは通し営業なので、新大阪から堺筋本町へ向かう。

堺筋本町駅直結の船場センタービル3号館へ入る。
半端な時間のために人通りは少ないが、東京新橋のビルの地下のような雰囲気。嫌いじゃないこの雰囲気。

 

うなぎの赤提灯を見つけて、店へ向かって進む。

店頭のメニューを見ると、驚くべき安さ。

店内は4人掛けテーブルが5つ。
時間が時間なので貸し切り状態だったが、ご飯時は満席になるのだろう。

テーブルの上のメニューを拝見。
最高額の〈うな重〉〈蒲焼 一本〉でも3,000円というお安さ。

大きな〈うまき〉と〈鯨刺身〉に惹かれて〈上定食〉をお願いする。
お椀は、〈肝吸い〉〈赤だし〉から選べる。
赤だし派の自分は〈赤だし〉をチョイス。

注文を受けると厨房の中から卵を攪拌する音がする。
思わず、ふんわりした玉子焼きを思い浮かべてしまう。

〔上定食〕の〈うなぎ丼〉には、蒲焼が2切れ。
ご飯には、タレがまぶしてあります。

皮目の焼きもしっかりして、老舗で鍛えた大坂風蒲焼の実力がわかる。
タマリ、ミリンをベースに甘みと風味が加わったタレは濃厚なのにくどくない。

〈うまき〉の玉子焼きは、想像通りふわっふわ。

刻み鰻はとろりとした中に包まれていて、お互いに引き立て合っている。
甘酢生姜にうなダレが絡むと美味いのを発見。これだけで酒のアテになる予感。

〈鯨刺身〉懐かしいし、美味いっ!

これに〈赤だしor肝吸い〉〈漬物〉がついて、1,200円(税込)はお値打ちである!
お腹いっぱい、鰻福です。

最もリーズナブルな〈うなぎ丼・並〉は1,000円という破格。
現代の〔十銭まむし〕と言っても過言ではないだろうか。

帰り際に、女将さんから聞いた『いづもや』さんの歴史に肉付けして冒頭の文章になっている。
いかにもベテラン職人という雰囲気のご主人と温かい女将さんのアットホームなお店だった。

 

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