昨日は、織田作之助の『夫婦善哉』に登場する『出雲屋』の系譜を引き継ぐ船場の『いずもや』さんへお邪魔した。

『夫婦善哉』の中で主人公の柳吉と蝶子が、うなぎを食べた後に春団治の落語を楽しむ場面が出てくる。
春団治の落語といえば、上方落語「うなぎや」

はじめ「出雲屋」の前通ったんで、今日はウナギで一杯呑ましてくれよん
ねんやありがたいなぁ思てたら「出雲屋」の前知らぁん顔して通り過ぎよっ
て、おかしぃなぁ思たら今度「井筒」の前通り掛かったんで、イヨッ、今日
はうどんで一杯呑ましてくれる、うどんで一杯ちゅうのんも洒落たぁるわい
思てたらね「出雲屋」の前も知らぁん顔して通り過ぎよんねんで。いや「井
筒」の前やねぇ。

(中略)

とりあえずその「井筒」の前も通り過ぎたらね、
今度「柴藤」の前通り掛かったんで、イヨッ、上等のウナギ張り
込んでくれよるねん、ありがたいなぁ思てたらね、その「柴藤」の前も知らぁ
ん顔して通り過ぎよった。

『出雲屋』に続いて『柴藤』が登場する。
春団治の落語つながりで
今日は、高麗橋の『本家柴藤』にお邪魔した。

本家柴藤の歴史ある大阪の老舗

創業享保年間  上方鰻の老舗・本家柴藤。
創業者は将軍家に魚を献上する川魚商を営み、八代将軍 吉宗からの勧めで料理屋「柴藤」を大阪城付近で開業したのが始まりと伝わっています。
川の多い大阪の町では、屋形船でおいしい料理を楽しむのは風流とされ、とても繁盛しました。

本家柴藤ホームページより引用

さらに「間蒸し」発祥の店

しかし、それでも創業者はうなぎの美味しい食べ方を研究し、名高い「間蒸し」を考案しました。
間蒸しとは、ご飯とご飯の間にうなぎを挟んで蒸すもので「ご飯の間(ま)で蒸す」というのが語源といわれています。
まぶす(混ぜるということ)が言いにくいので、いつの間にか「まむし」と 言うようになったという説もあります。)
柴藤の大阪まむしは代々伝えられた上方鰻の代表として、全国の皆様に愛されてきました。

本家柴藤ホームページより引用

昼の開店時間を待って、暖簾をくぐり、帳場の女性に1名であることを告げると
「お二階へどうぞ。」と
エレベーターに案内してくださり、エレベーターの扉が閉まるまでお辞儀をしている。
いきなり老舗のホスピタリティを知らされる。

2階は、テーブル席のみだが、とても落ち着いた雰囲気。

お願いするものは、あらかじめ〈大坂まむし・菊〉と〈白焼・小〉と決めていたので、仲居さんがお茶とおしぼりを持って来てくれたタイミングで注文した。

ふと、卓上メニューを見ると〈半助豆腐〉があるではないか。
やはり、半助豆腐と言えば大坂が本場。頼まざるを得ない。

ぐつぐつと煮立った小ぶりの土鍋に入った〈半助豆腐〉が到着。

 

鰻の頭と豆腐を甘辛く炊かれた鍋は、正に大阪の味。

小皿にとって、はふはふ言いながら食べれば、お銚子を1本つけたくなる。
しかし、大阪の人は、昔からほかすもんでも美味しく始末する天才やなぁ。

〈白焼・小〉
良い色合いに焼かれた白焼が3切、山葵と大根おろしをお供にやって来る。

皮パリの白焼は、地焼きならでは。美味いっ!

真打〈大阪まむし〉

ご飯の上の蒲焼は、皮パリ感を残しつつ、程よくタレの染みた身はジューシー。

中の蒲焼は、ご飯に蒸されてフワトロに。

300年近い歴史の味を鰻喫させていただいた。

鰻福になって、帳場の前に降りると女将の柴藤 慈子さんがいらして、少しお話させていただいた。

例えば、職人不足の問題も工場男子のように鰻職人さんがカッコイイとアピールできれば、人材が集まるのでは?とおっしゃており、自分の店のことだけではなく、鰻業界全体のことを考えていらっしゃるのがとても印象的だった。

老舗とは、如何にあるべきか、を料理でもホスピタリティでも感じた雨の大阪。

 

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