〈鰻丼〉の歴史を紐解くと
宮川政運の『俗事百工起源』によれば、江戸・堺町で大久保今助が考案されたとされている。

諸説あるが、私の想像を交えてまとめてみたい。

大久保今助は、常陸国久慈郡亀作村(現在の茨城県常陸太田市)の百姓の息子として生まれたが、江戸に出て商人なる。
故郷と江戸の道中、牛久沼のほとりで蒲焼で飯を食べようとしたところ、渡し船がでようとしているではないか。
今助は、飯の上に蒲焼をのせ、皿で蓋をして、慌てて渡し船に飛び乗った。
対岸に船が着き、さて、鰻を食べようと、蓋にした皿をとると、どうだろう。
飯で蒸された鰻からは良い香りが立ち上り、口に入れると柔らかく蒸されている。
美味いっ!鰻はこうして食べるのが一番だ!
鰻の新しい食べ方を発見した今助は、はたと膝を打った。

江戸に帰った今助は、隣町・葺屋町で鰻を売っている「大野屋」に飯の上に蒲焼をのせたものを作らせる。
食べながら頷く、今助を見て、怪訝な顔をする大野屋だったが、自分も食べると鰻面の笑みを浮かべるのだった。

その頃、今助は地元・堺町にあった歌舞伎の芝居小屋「中村座」の金方(出資者)をしていた。
これまで歌舞伎の中心地は京・大坂であったが、今まさに江戸歌舞伎が花開こうとしている時期、大勢の見物客が集まりだしていた。
商才に長けた今助は、歌舞伎見物の客相手に大野屋に作らせた〈鰻丼〉を売って、大儲けをする。

のちに今助は、商売で得た金を水戸藩に献金し、武士に取り立てられる。
その商才は、武士になってもいかんなく発揮され、水戸藩・勘定奉行や勘定吟味役などの要職を就いたといわれる。

〈鰻丼〉を考案した大久保今助 運気うなぎ昇りの一席でございました。

〈鰻丼〉を初めて売り出したとされる葺屋町「大野屋」は実在し「元祖うなぎめし」の看板を掲げて、戦後まで営業を続けていたという。


「中村座」がかつてあり、大久保今助がいた堺町も「大野屋」があった葺屋町も現在は日本橋人形町となっている。
「大野屋」は〈鰻丼〉を売り始めてから130~140年の歴史を刻んだと推測できる。
今回、ご紹介するのは、その「大野屋」の歴史を終えて、約半世紀後に日本橋人形町に店を構えた「うなぎ三好」である。

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本店は西伊豆松崎で70年の歴史を誇る名店である。
人形町店も松崎本店のタレや製法を受け継いでいる。鰻の老舗の多い日本橋界隈でもその実力は折紙付きとの評判である。
特筆すべきは、三好の公式情報から引用すると

「炭火で炊くお米と炭火で焼くうなぎの炭x炭の素朴なコラボレーション!」

店の入口前にはご飯を炊く蒸し竈が飾ってあり、否が応でも期待が高まる。

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店内は落ち着いた和モダンなつくり。
厨房に沿ってカウンター席があり、その奥にはテーブル席がある。
奥の左手には上がり座敷もあり、ゆったり飲むときには重宝しそうだ。

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一人で訪問なのでカウンター席に座る。
ここからは調理の様子を見ながら待つことが出来る特等席だ。

初めてなのでメニューを見ながら、鰻のランクの違いを尋ねる。
〈桜〉〈花〉〈月〉が1尾付で〈花〉が基準だという。
〈雪〉は1尾半〈重ね〉はその名の通り中入れになっているそうだ。

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ランチということもあり、基準の花をいただくことにする。

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蒸し器でじっくり蒸すこと20分ほどで炭火焼に入る。
人形町店のご主人・中村 幸さんにお願いして、焼いている姿を撮影させていただく。
真剣そのものの姿だ。

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焼きあがるタイミングでお重にご飯を杓文字で盛る。
持ったご飯を菜箸で切るように整え、蒲焼をのせて、出来上がる。
注文してから30分。実に丁寧で基本忠実な仕事ぶりなのが素人目にもわかる。

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しっかり蒸しが入ってるが、箸でつまんでも身崩れはしない。
口に入れるととろける柔らかさを併せ持つ絶妙な蒸し加減と焼き加減である。
甘みを抑えたキリリとしたタレとの相性も抜群だ。

うな重〈花〉のサイズは、活鰻で5P(約180g)だそうだ。
江戸前鰻の基準のサイズ。〈花〉が基準といのが納得できる。

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蒲焼の美味さもさることながら「三好」の特徴はやはりご飯だ。
粒がひと粒、ひと粒、立っているいる。
ご飯粒の間に適度な空気の層があり口の中でほどける感じを楽しめる。
硬さといい、もっちり感といい、私の好みのど真ん中のご飯。

タレだくという訳ではない。なのに、ご飯にタレがしっかりと絡んでいる。
テーブルにはタレ差しが用意してある。
たが、見た目だけで追いタレをする野暮なまねはしたくない、と私は感じた。

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中村さんは、日本料理店で30年修行を積んだという。
その一端が垣間見られるのが〈肝吸い〉と〈お新香〉
昼でなければ、鰻以外の料理も頼んで、一献傾けたい衝動にかられただろう。

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会計を済ませ、美味しくいただいたお礼をいうと、中村さんが厨房へ招き入れてくれた。
見せていただいたのは、現役で活躍している蒸し竈。

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蓋を開けると炭が入っている。

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この中に今は懐かしくなった羽釜を入れ、ご飯を炊く。

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そして、炭火で焼き上げた鰻をのせるとまいっ!とウナらせる〈うな重〉が出来上がるのである。

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手間を惜しまず、こだわりを積み上げることで美味しいものが出来上がるのだと、改めて実感した。

今から200年前〈鰻丼〉が初めて売り出された日本橋人形町。
炭×炭のこだわりは、日本橋人形町の名店として後世に語り継がれることだろう。

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