小網町『うなぎ喜代川』は、あと数年で150年の歴史を刻むことになる。
創業した1874(明治7)年というと浅田次郎の代表作『蒼穹の昴』の主要人物・光緒帝が即位した年である。
浅田次郎もうなぎ好きと知られ、2016年1月に出版された『うなぎ・人情小説集』の選者をしている。

老舗鰻店と作家というと話題に事欠かないが、『喜代川』も例外ではない。

谷崎潤一郎は子供の頃を回想した『幼少時代』
「今もあるはずの、小網町の喜代川という鰻屋の鰻もよく御馳走になった」
と叔父から『喜代川』の鰻をご馳走になったことを、嬉しそうに記している。

『喜代川』と作家で忘れてならないのが、渡辺淳一だ。
私も渡辺淳一は好きな作家の一人で和田心臓移植事件を題材にした『白い宴』や医師ならではの視点で綺麗に死ぬ方法を述べている『阿寒に果つ』がお気に入りの作品である。

恋愛三部作といわれる中で唯一読んだのが『化身』で、藤竜也、黒木瞳で映画化されたのを封切り直後に観た。
作品の中で主人公・秋葉が若き恋人・霧子に白焼きで酒を飲む楽しさを教える鰻屋が『喜代川』が舞台ということは随分後になって知った。
『喜代川』の2階には、秋葉と霧子が食事をしたされる三畳間のお座敷があり、ヒロインの名にちなんで「霧子の間」と呼ばれているそうだ。

私と『喜代川』との出会いは、バブル真っ盛りの頃である。
私が独立して今の仕事が始めたばかりの頃、従兄が開業祝いだと連れてきてくれた。
当時は証券街が近いことがあり、店の前に行列が出来ていた。
しばらく待って、隅のテーブル席に通された。
相席の向かいの客は株で儲けたようで景気の良い話をしている。
従兄は
「こういう老舗の鰻屋は成功した奴が来るところだ。うなぎ昇りという言葉があるだろう。お前も成功して、一番高い鰻を食えるようになれ。」
と一番高い〈うな重〉をご馳走してくれた。

従兄の言葉が耳に残ったせいか、自分にとって『喜代川』は高嶺の花の鰻屋になってしまう。

時は流れ、日本橋三四四会のイベントで『喜代川』五代目の渡辺昌宏さんとご縁が出来た。
お店にお邪魔する約束をしたものの、果たせずにいると
私の懇意にしている養鰻家・横山桂一さんが育てている泰正オーガニック鰻を扱うようになったと聞いた。
月に1度ほど入荷するのだが、入荷量が限られているために数日で売り切れてしまう。
昨年(2016年)12月などは僅か2日で売り切ってしまった。

今度こそはと、横山さんに『喜代川』に出荷する日を予め教えてもらい、提供初日に予約をお願いした。
予約した日は早めに仕事を切り上げて、電車に乗りTwitterを見ると『喜代川』さんの泰正オーガニック鰻入荷のtweetがあった。

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『喜代川』は、日本橋、茅場町、人形町、水天宮の4つの駅のちょうど真ん中に位置するが、茅場町が最も近いので茅場町駅で下車して茅場町交差点を東京証券取引所の方へ曲がる。

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東京証券取引所の前を過ぎ、鎧橋を渡り、酒のカクヤスの手前を曲がると『喜代川』が見える。

向かって左側はお座敷の入口

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向かって右側がテーブル席の入口

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店舗は、一昨年、大規模補修工事を施し、老舗の風情を残したまま、リニューアルオープンしたそうだ。

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老舗の看板だけでなく、1927年(昭和2年)築という建物を維持していくことは余人の想像を遥かに超える大変さがあると思う。文化を守るのは並大抵の事では出来ないリスペクトする行為だ。

参考:喜代川大規模修繕工事・プロジェクトK(キャルハウス)

渡辺淳一が愛したという〈うざく〉と従兄の言いつけを守り一番大きな〈うな重・竹〉に〈お吸物〉をお願いする。
それに大寒波を凌ぐための〈熱燗〉も

酒の銘柄は〈特撰 黒松白鹿 本醸造 四段仕込〉
スッキリ呑めるが燗をしてるためか、円やかな甘みを感じた。

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〈うざく〉が到着。
ちょうど1合空いたので、お銚子も追加。

これが美味いっ。
和え酢の出汁が効いていて、酢がとても円やかに感じる。
蒲焼の脂とタレが染み出しているためかもしれない。
鰻の味が白焼にほんのりタレを纏った感じも美味。

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細切りの胡瓜もこの和え酢によく合っている。
五代目によると渡辺淳一は〈うざく〉お代わりして和え酢まで飲み干したという。
お代りはしなかったが、私も和え酢はしっかり飲み干した。

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注文から40分ほどで〈うな重・竹〉がお出まし。


大きな鰻というとお重いっぱいに敷き詰められいることを想像しがちだ。
しかし、鰻が小さいのではなく、お重が大きいのだ。
大きな鰻には大きなお重を使って、蒲焼を白いご飯で引き立てる。
それが、老舗の粋ってもんだ。

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口に入れると、醤油の香りを追いかけて、鰻の旨みと甘みがやってくる。
キリッとした江戸前の真価が発揮されているタレだ。

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泰正オーガニック鰻のようにじっくり育てた鰻は冬場が美味い。
良質の鰻の脂が増えるからだ。
その分、皮の厚みが増すが、そこは熟練の職人の腕の見せ所。
白入れをきっちりしているので、皮目も美味しく、骨のあたりも全くない。
流石の仕事である。

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敢えて〈肝吸い〉ではなく、〈お吸物〉を頼んだが、吸い地が良い。

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〈お新香〉も彩も良く、美味い。

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老舗っていうのは王道を征くもんだと思う。
そして、五代目の優しく朴訥な人柄が出ている。
伝統を引き継ぐというのは、守り加えるものだと解った気がする。

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五代目夫妻には間もなく来る創業150年に向けて今まで通り真っ直ぐに歩んでほしいと私は願う。

お陰様でゆったりと癒されて、美味しい鰻をいただくことが出来た。

人形町駅へ出て、帰るとする。
通り道に小網町の由来にもなった小網神社があるからだ。

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『喜代川』さんで鰻喫できたことに感謝して、再び人形町駅へ歩を進めた。

 

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