月曜日の午後から用事があり休みをとった。日曜の午前の仕事が終われば、図らずも丸一日休みになる。
早朝の新幹線に乗れば用事に間に合うので、急遽、名古屋へ行こうと思い立った。
行先は『うな豊』
以前、大将と「大将が休前日の日曜の夜ならゆっくり話が出来ますね。」と話していたからだ。
大将の予定を聞くと大丈夫だというので日曜の午後の新幹線に乗った。
大将とは年齢も近く、価値観も合うので近親感が湧き、一方的に慕っているからだ。
『うな豊』で鰻を食べた後、大将の仕事が終わるまで何処かで暇を潰そうとしたが、大将が夏場と違うので店で待っていても良いというのでお言葉に甘えることにした。
『うな豊』は鰻を裂いたり、焼くところが客席から見える造りになっている。
甘えついでに大将が鰻を裂くところじっくり見せてもらうお願いをした。
鰻の裂き方は関東では背開き、関西(中部以西)では腹開きというのは以前も述べたとおりである。
では、鰻を裂く道具は普通の包丁ではなく、うなぎ裂という専用の包丁を使うのをご存じだろうか。
うなぎ裂は、一本でうなぎの身を開き、骨とヒレを落とすことができるように作られている鰻を裂くことに特化した片刃の和包丁である。
それも地域によって違いがある。
うなぎ裂は関東裂と関西裂に大別できる。さらに関西裂を細かく分ければ京都裂、名古屋裂、大阪裂、九州裂に分けられる。
関西と関東でうなぎ裂の形が違うのは、背開きをするか腹開きをするかの違いから来ているという。
関東の背開きでは、すぐに中骨に引っかかってしまう。そのため、より切り込みやすいように三角形の鋭い切っ先がついている。腹から開く関西の裂き方は、腹側に内蔵がある分柔らかく尖った刃先がなくても問題がないということらしい。
大将にうなぎ裂を見せてもらった。
大将と三代目のうなぎ裂。
大将のうなぎ裂は、名古屋裂きの片鱗を留めつつ使い込むことで江戸裂に近い形状になっている。
三代目のうなぎ裂は、柄のついた大阪裂のように見える。
職人さん毎に使いやすいように研いだり、削ったりもするということだった。
やはり、道具へのこだわりは並々ならぬものがあると感じた。
武士の魂が刀だとすれば、うなぎ裂は鰻職人の魂ということだろう。
大将の鰻を裂く姿は見とれてしまう美しさとリズムがある。しかも早い。
注文を受けてから裂くのでお客さんを待たせないためにもスピードも必要なのだろう。
今日は時間があるのでアラカルトもお願いする。
まず〈う巻き〉
タレのほかに岩塩、薬味に刻みネギがるのがユニーク。
〈うざく〉
酸いも甘いも知っているとこの味になるのだろう。
〈紅白重〉
これは待ち望んでいたメニュー。
『うな豊』に来たら名古屋の地焼きうな丼も白焼きも食べたい。
しかし、両方一人前ずつは少しきつくなってきた自分のニーズにぴったりで嬉しい。
蓋を開けるとまず〈白焼〉
二段重の下の段にはハーフの〈うな重〉
まず〈白焼〉から
地焼き鰻の食感をよく“パリふわ”と表現するが、『うな豊』はまずサクッとクリスピーさが楽しめる。
次に鰻の脂がジュワーと来て、身が口の中でフワッととろけるのだ。
この感覚は、蒲焼でも味わえるが白焼では殊更に楽しめる。
皮目の美しさを目に焼き付けたら、まずそのままいただく。
次に岩塩をちょっぴりつけけて鰻の脂の甘さを引き立てて
そして、薬味ともに白醤油のタレで〆る。
残りは一番気に入った食べ方でいただく。
以上が私の『うな豊』〈白焼〉の食べ方である。
『うな豊』へ来たら名古屋風に〈白焼〉も3つの味わい方を楽しむのだ。
〈うな重〉は蒲焼の美味しさを味わったら
ご飯も堪能しよう。
お客さんの入りに合わせてこまめに炊いているご飯のお陰でいつも炊き立てが味わえる。
盛り方も杓文字で切るようによそうことで美味しくなる。
初代の頃から勤めている大将よりベテランの店員さんのご飯のよそい方は神業らしい。
鰻の香りとタレの染みたところにミル挽きの山椒を少々振る。
うなダレご飯も商品になると思わざるを得ない美味しさだ。
炭火で焼かれたプリップリの肝の入った肝吸いを味わったら
余った吸物に薬味とご飯を投入すれば、お茶漬け風にもいただける。
ちなみにこの行為は『うな豊』では推奨しない。
行儀が悪い上に吸物を残さずとも『出汁セット』という商品があるからだ。
くれぐれも良い子は真似しないでほしい。
大鰻足で鰻福になり、大将を待っていると〈肝焼き〉を注文するお客さんがいる。
いつ今しがた頼んだ時は品切れだったはず。
大将に聞くと今は出来るという。これは注文しないといけない。
『うな豊』の〈肝焼き〉は活鰻を裂いて出た分しか用意が出来ない。
〈長焼〉〈白焼〉など肝吸のつかない注文が一定数出た時にだけ、提供できるレアなメニューなのだ。
裂き立ての肝だから味わえるプリプリ感は堪えられない。
『うな豊』のメニューをひと通りいただいて、大鰻足。
壁に掛けてある杉原ヤスシ先生の絵ではないが「福うなぎ昇り」である。
店仕舞いを待って、大将と日付が変わるころまで語り明かした。
何を話したのかは、二人だけの内緒の話。
「口を開けば、うなぎの話」なのは知っている人は知っているけれど…。
後日談
『うな豊』へ入ると、皆さん元気に明るく「いらっしゃいませ!」
しかし、大将は早口で何を言っているのか、聞き取れない。
「いらっしゃいませ」と「しあわせ!」は同じ周波数なので素早く「しあわせ!」と言うと「いらっしゃいませ!」に聞こえるという。
だから早口で「しあわせ」と言っているそうだ。
だから『うな豊』は「しあわせの鰻屋」なのである。
ご馳走様!ありがとう!しあわせ!