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喧騒を離れて ~日本橋いづもや・別館~

都内で仕事の打ち合わせ 先方が「昼時なのでどこかでお食事をしながらで如何ですか?」 「いいですね^^」 「うなぎ屋は如何でしょう?」 「ますますいいですね(^◇^)」 という訳で 先方が『日本橋いづもや』さんを予約してくれました。 案内されたのは本館のある江戸通りから路地を入った「別館」 階段を上がり個室へ いづもやさんのある...
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登録有形文化財でいただく〈うな重〉 ~うなぎ喜代川~

11月に入ってFacebookを見ていると『うなぎ喜代川』さんのページに「登録有形文化財プレート 届きました」との投稿があります。 おめでとうございます!!5年越しのプロジェクトが実り、この3月に文化庁より登録有形文化財認定を受けていましたが、さらに実感が増しますね。 これは伺ってお祝いを申し上げないと、と思っていると若女将から「七福神宝船」の喜代川バージョンの己書を描いてほ...
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日本橋小舟町 高嶋家 ~二の丑に食べると粋な逸品~

二の丑に食べると粋な逸品 7月31日放送のフジテレビ『ノンストップ』「愛すべき!うなぎのモノがたり」のコーナーで『高嶋家』五代目・鴛尾明さんがVTR出演されました。 五代目が紹介するのは「二の丑に食べると粋な逸品」 〈うざく〉と〈肝焼き〉 鰻専門店の定番サイドメニューは、うなぎを余すところなく使おうとするものが多い。うなぎの資源問題がクローズアップされてい...
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八重洲 はし本 〜土用丼・専門店の本気度〜

土用の丑の日の行事食 夏の土用の丑の日に食べるものというと、うなぎが好物でない方も一番に浮かんでくるのは「うなぎ」であろう。 夏の土用の丑の日に鰻を食べる習慣についての由来には諸説あるが、平賀源内が発案したという説がよく知られている。 最も一般的な話としては、夏にうなぎの売れ行きが悪いうなぎ屋が、平賀源内の元に相談に赴いた。源内は「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。す...
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喜代川 ~お台場から鰻を求めて~

フジテレビ「ノンストップ」うなぎのモノがたりにコーナーゲストして出演させていただいた。うなぎにまつわるエピソードをクイズなどで紹介して、その解説を務める訳だ。 番組の中では〈蒲焼〉を温かく召し上がっていただくための鰻店の気遣いとして「銅壺(どうこ)」が紹介された。スタジオに運ばれた銅壺の中には日本橋小網町『うなぎ喜代川』さんの〈蒲焼〉が入っている。 MC、ゲストの皆さんが美味...
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宮川築地本廛 〜鰻神様のお導き〜

幕末から明治の初期までは深川・富岡八幡前に『宮川』という鰻屋あったという。 「維新前に深川八幡前の川岸端に鰻屋があつた。表通りには長い竹樟の先へ紺地に白く染め抜いた『田川』と云ふ『のぼり』がたてゝあつた。木場の人達は、松本や平清の酒後好い気持で芸者や松本の女中を連れて、この『のぼり』へ行くのであつた。仲町の芸者や、松本、平清の女中たちはふだんにもこの『のぼり』へ行つて、白焼で一口やつたあと...
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小網町 喜代川 ~老舗でいただく泰正オーガニック鰻~

小網町『うなぎ喜代川』は、あと数年で150年の歴史を刻むことになる。創業した1874(明治7)年というと浅田次郎の代表作『蒼穹の昴』の主要人物・光緒帝が即位した年である。浅田次郎もうなぎ好きと知られ、2016年1月に出版された『うなぎ・人情小説集』の選者をしている。 老舗鰻店と作家というと話題に事欠かないが、『喜代川』も例外ではない。 谷崎潤一郎は子供の頃を回想した『幼少時代』で「今...
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築地うなぎ食堂 ~モーニング鰻~

この日は、正月休み明けの最初の仕事休み。いつも通りに起きて、我が家の旦那寺の東京の本山である築地本願寺に年頭の参拝へ向かう。 久しぶりに通勤時間帯に都内へ向かう電車に乗る。ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に都内へ通勤する方々の大変さを垣間見た。 日比谷線・築地駅で降りて、築地本願寺で参拝を済ませて、朝食を食べに築地場外市場へ行くことにする。 築地四丁目交差点で晴海通りを勝鬨橋...
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八丁堀 しらゆき ~うなぎ串焼・老舗とレジェンドの系譜~

東京メトロ・八丁堀駅を出て、新大橋通りを築地方面へ進み「入船一丁目交差点」を右に曲がると左手にあるのが『しらゆき』である。 『しらゆき』では、心より食事を楽しんでほしい、新鮮なものだけを提供したいとの思いから予約を勧めている。「鰻に魅せられて」のうなっくすさんが予約をしてくださったのでご一緒させていただいた。 店主の見田一郎さんは20歳ごろから『うな鐡 池袋総本店』で...
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三好 人形町店 〜炭炊きご飯と炭焼き鰻〜

〈鰻丼〉の歴史を紐解くと 宮川政運の『俗事百工起源』によれば、江戸・堺町で大久保今助が考案されたとされている。 諸説あるが、私の想像を交えてまとめてみたい。 大久保今助は、常陸国久慈郡亀作村(現在の茨城県常陸太田市)の百姓の息子として生まれたが、江戸に出て商人なる。 故郷と江戸の道中、牛久沼のほとりで蒲焼で飯を食べようとしたところ、渡し船がでようとしているではないか。 今助は、飯...
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